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DESIGNについて思うこと

まじめなお仕事のお話し

デザインと言っても、色々ある。私が職としているのはグラフィックデザイン。広告制作と呼ばれる分野である。デザイン論を押し付けたりするつもりもないし、ましてや人のことをどうこう言えるほど、デザインの超一流である訳でもない。ただポリシーというか、デザイナーとして、それに対する考えはある。これからデザイナーを目指す人への参考。同業の方の意見や考えの反応がほしいという意味でここに掲載させて頂いた。

デザインの目的を何処に求めるか

これは難しい問題だ。あるモノの広告の訴求ポイントのターゲットを何処にもってくるか?
良いデザインとはいったい誰の為にあるのか?
エンドユーザーであると私は思う。その商品なりを実際に購入・告知を受ける不特定多数の人々である。担当やその商品を作った会社(クライアント)の社長ではない。無論、クライアントが実際にはデザインに対する報酬を払い、その商品に対する認識も深い。デザインに対してある程度の決定権があるのは否めない。むしろ決定権はそこにあると言える。しかし、デザイン・広告の目的が商品の告知・販売促進にある場合、不特定多数の人々がターゲットである以上、デザイナーが、クライアント側にばかり立たず、一人のエンドユーザーであるべきではないか。と思う。世の中の反応(商品の売り上げの向上等)が答えである。いくらデザインが斬新でも、広告の目的を失ったものは、ただの自己満足に過ぎない。話題性をコンセプトにしたものもあるが。周知の情報の上に成り立っていることを忘れてはならない。ここまで書いて、もちろん例外もあるので一概には言い切れないが、告知・販売促進を目的とした広告に関して、私が思っていることを書いてみた。

デザインのクォリティとデジタル化について

最近、デジタル化によってデザイン・デザイナーの質が低下しているように思う。デジタル化は、デザイナーの職人的なハンドワークな部分を軽減するために発展してきたが、逆に、誰もがある程度の「見れる」印刷物を作れるようになったとも言える。デザイナーはこれから、もっとクォリティを求めるべきだ。コンピューターの画面の上でしかレイアウト出来ないデザイナー・版下を知らないデザイナーがいるのだ。紙の上に印刷されたものと画面が同じだと言い切れるだろうか?。物質感とでもいうか、そこに有るものと画面のバーチヤルは違うのだ。たとえば車の設計のCGと実車が違うように。書体ひとつとっても、書体はデジタルだけじゃない。インストールされた書体から選ぶのではなく自分のイメージした書体をあらゆる書体から選定するのがデザイナーであると思う。もちろん書体はデジタルだけではないのだ。DTPは鉛筆がつかえる程度のものだ。DTPはできてあたりまえ、もっとデザインに時間を費やすべきだろう。画面でリアルタイムに表現されるものに慣れると、想像力がかけてくる。

デザイナーはどこまで知り・何をすべきか 入稿問題について

デザイナーは全ての行程を知る必要があると思う。
個人的な意見では全てのデザイナーがあたりまえのように一発入稿できれば、出力にそれほどの人員を必要としないように思う。DTPは以前の版下マンのようにレイアウトをデータに起こす分野に特化すべきだ。欧米ではPSデータで入稿があたりまえなので、責任の所在がはっきりしている。逆にデザイナーの手を離れたモノは一切変更を加えることが出来ない。日本でできないのは日本語フォントの問題だろう。日本語フォントが高いせいもある。版下作業がデザイナーを時間的に圧迫している。本当は分業されるべきだと思うが。

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